夢の相続税対策?!一般社団法人の設立
富裕層のあいだで話題となっていた一般社団法人を活用した相続税対策。
2018年度の税制改正で節税策が規制されて以降、一般社団法人の新規設立数は目に見えて減少しました。
一時期は夢の相続税対策として、もてはやされた手法は、税制改正でどうなったのでしょうか?
一般社団法人の相続税対策をめぐる現状を見てみましょう。
一般社団法人の設立で相続税対策!
東京商工リサーチの調べによると、安定して増えていた一般社団法人の設立の新設数は、2018年に初めて、前年度を割り込みました。
2018年に新しく設立された一般社団法人は、5982法人で、前年から6.3%のマイナスとなりました。2008年に始まった調査で、一般社団法人の設立数が前年より減るのは初めてのことだそうです。
では、一般社団法人を使った相続税対策とは、どういうものなのでしょうか?
2008年に行われた公益法人制度改革によって新たに設立できるようになった一般社団法人は、厳しい要件や設立資金が不要かつ誰でも設立できるだけでなく、設立後も行政庁などの役所の監督を必要とせず収益事業を行うことが可能で、株式会社とほぼ同様に運営することができるのが強みです。
一般社団法人は株式会社と似ていますが、当然違いもあり、それは持分があるかどうかという点です。
株式会社では持ち分に応じて剰余金が分配され、解散時の残余財産も分配されますが、一般社団法人は持分がないため、剰余金の分配や解散時の残余財産の分配は基本的には行われません。
また、株式会社では持分割合に応じて会社を所有しますが、一般社団法人は持分がないため、誰も法人を所有していません。仮に法人を設立するときに資金を出した人がいても、それが剰余金や残余財産の分配という形で戻ることはありません。
この「誰のものでもない」という点を生かしたのが、一般社団法人を利用した相続税対策です。
株式会社であれば、株主や出資者に相続が生じれば、持分に応じて会社の資産や負債が相続税の対象になります。
しかし、一般社団法人には持分がないので、どれだけ出資していても、法人の保有する資産や負債は出資者の所有物ではなく、相続税の対象にはなりません。
中小オーナー企業の社長一族の相続では自社株式が主たる財産となるため、これをオーナー個人から一般社団法人に移すことによって相続税を大きく節税できるというわけです。
一般社団法人はそもそも、2008年の公益法人制度改革によって生まれました。それまでの社団法人や財団法人は、官庁が定める厳しい基準を満たし、最低でも億単位のお金を保有していないと設立できなかったため、非営利の法人活動はごく限られた層にのみ許されるものとなっていました。
そのため制度改革では、「民間非営利部門の活動の健全な発展を促進し、現行の公益法人制度に見られる様々な問題に対応する」ことを目的とし、大幅な要件緩和を行いました。
結果として現在では一般社団法人は、業界団体、学会、資格認定機関、介護事業、互助団体など様々な場面で利用されるに至っています。
しかし、そうした大義とは裏腹に、目端の利く富裕層や資産コンサルタントたちが目を付けたのは、上記のような相続税対策としての旨味でした。資産を無税で引き継げる一般社団法人の設立はブームとなり、その結果、毎年のように一般社団法人の新規設立は増加しました。
ペースは徐々に緩やかになりながらも、これまでは右肩上がりに増加を続けてきましたが、その動きに歯止めをかけたのが、税制改正です。
税制改正で一般社団法人は相続税対策にならない?!
一般社団法人の厳しい要件
2018年度改正では、一般社団法人を使った相続税対策について、
については「特定一般社団法人等」と規定し、法人に譲渡された財産についても相続税や贈与税を課すこととしました。
これまでも法人が実質的に同族に支払されていると認められた時には相続税が課されるといった規定はありましたが、判断基準が明確でなく、実際には野放しとなっていた実態を踏まえて、あいまいだった要件を明確化し、同族の理事を半数以下に抑えなければ相続税や贈与税は非課税にしない、とはっきりされました。
さらに半数以下に抑えるべきとされた「同族役員」は、決して血縁上の親族だけにとどまりません。
被相続人、その配偶者、3親等以内の親族に加えて、被相続人と特殊な関係にある者として、「被相続人が会社役員となっている会社の従業員等」まで「同族役員」に含まれます。
ですから、ごくごく親族に近いような身内を理事に据えて要件をクリアする、という抜け道も使えなくなっています。
まさに、同族や身内だけで理事を固めて相続税を免れようとする富裕層をピンポイントで狙った税制の見直しだといえます。この税制改正によって相続税対策として一般社団法人を設立する富裕層は減少しています。
まだ使える一般社団法人の相続対策
同族理事を半数以下に
要件が厳格化されたとはいえ、一般社団法人を使った相続税対策が完全に使えなくなったわけではありません。
相続税が課される要件は、「理事数に占める同族が半数超」なので、言い換えれば同族理事を半数以下に抑えれば、今後も相続税対策は可能となります。
注意点としては、株式会社とは異なり一般社団法人には議決権がありませんので、法人としての意思決定は単純に理事の頭数による多数決となり、同族役員が半数以下だと外部の人間に意思決定権を委ねることによる、「乗っ取り」リスクが生じる点があります。
この点については、名の知られた地元の名士などを理事に据えることで、周囲の人間に見られている、という意識を持たせて法人乗っ取りのリスクを抑える手法も考えられます。
また同族要件を設けられていない監事などに同族の人間を充てて、理事の職務遂行を監視させる、といった方法もあります。
もっとも一般社団法人を使うときには、相続税以外の税負担が生じることは覚えておかなくてはいけません。
社長個人の財産を一般社団法人に譲渡したときには、取得費と譲渡価額の差額があれば、そこに譲渡所得税が課税されますし、時価より低い価額で譲渡か贈与をすれば受贈益に法人税が課税されます。
公益社団・財団法人と同様の事業や運営であれば税負担を免れることもありますが、ほとんどのケースでは譲渡所得税など何らかの税負担は避けられません。
相続税と他の税金の負担の比較や、乗っ取りリスクと税負担軽減の効果の比較など、様々な要素を考慮して、一般社団法人を相続税対策に使うべきかを検討する必要があります。
一般社団法人の設立は数ある相続税対策の一つでしかありません。
例えば相続税対策を考える上で、自社株の負担が大きなハードルとなっているのであれば、一般社団法人の規制と同じ時期にスタートした「事業承継税制の特例」が使えるかもしれません。
事業承継後の継続要件などを満たすことで自社株引き継ぎにかかる相続税、贈与税の負担を実質的に全額免除できる特例で、こちらは制度の抜け穴などではなく、円滑な事業承継を進めるために国が導入した特例措置です。
後になって租税回避行為だとして税務署から否認されるリスクなどは全くありません。
ただし、この特例にも注意点はあり、10年間の時限措置である点や、息子に無税で自社株を引き継げたとしても次の孫への承継の際には特例は使えず、孫に多大な税負担が課税されるリスクなどは存在します。
相続税対策を考えるときは、それぞれの方法の長所と短所をあらかじめ理解しておく必要があります。